Diary 12月11日〜 12月16日
     (  『電車男』の大ヒット、次はキモメール  武蔵よ、あとは試合の熱さが欲しい! 
                                         まだまだ続く・・・紳助どうなる?)
                          2004年12月23日
                   
                 < 『電車男』の大ヒット、次はキモメール >

  本屋に行くと、タイトルがやたら目立つ「電車男」の本がズラリと並んでいる。
  売れているとは、知っていたがこの大ヒットは、オレの予想を超えてすごい。
  マスコミにも何度も取り上げられている。ベストセラーにも入っているのだし、売れているのも
  あたりまえの事なのだが・・・。

  この話しは本になる前に、読んでいた。それは、おれのLinksでも紹介してあるLove For Sale
  で、紹介してあった。
  「どれどれ、どんな話しなの?」と、読み始め、あっというまに読み終えた。
  掲示板でのやりとりが、結果的に、こんな読み応えのある物語に仕上がったのがすごいと感じた。
  
  コンピュータがみんなの道具となり、2チャンネルという掲示板ができたからこそ、産まれた
  メッセージだ。
  新しい文学だなぁという新鮮な思いを感じた。
  それに、実際には目に見えないネットのつながりだけの、友達にはげまされ不器用な恋愛が、
  やがて実っていくさまは、純粋な感動がある。

  その友達の、電車男の恋愛の進行に伴う感情の高まりも、絵文字などで、爆弾が破裂する絵で
  表現されていたりする。
  このような表現は、掲示板というネットの中で育っていった新しい表現方法だ。

  ただし、本にこの掲示板の内容をそのまま載せるというのは、オレにはぴんとこない。
  やはり、インターネット掲示板のやりとりは、コンピュータの、読み続けると刺激の強い
  ディスプレイでマウスなどを用いながら読むのが、正しい読み方のような気がする。

  何もわざわざ、本で読まなくても・・・。(パソコンを持ってない人は別だけど・・)
  なんてみんなが想っていたら、本にした段階で赤字になってしまうのだろうが・・・
  
  電車男は、読んだ後にさわやかな気分になる。
  同じ安田理央さんのサイトで、「暇なのでキモメールを送ろうのまとめ」というのも紹介してあった。
  これは、電車男とは全然別のタイプの掲示板。しかし、なんでこんな無意味な事を?
  と、不思議な気持ちになってしまう。

  たとえば、この出だし。

  ゼミの女の子を飲み会のお礼という口実で メールで褒めまくったところ
  女:「褒めてもなにもでないよ?(笑)」 と返ってきたので
  「愛液がでるじゃん(笑)」 って返信しました。

  現在結果待ち。
  
  さて、この続きや電車男をパソコンで読みたいと思った方は、以下のリンクをたどってくださいな。
  参照:暇なのでキモメールを送ろうのまとめ
      電車男
                                              2004年12月16日       

             < 武蔵よ、あとは試合の熱さが欲しい! >

  もう1週間も前になるけど、12月7日TV放映のK−1グランプリ決勝戦、なんだかさみしかった。
  K−1GP、韓国ケーブルテレビで視聴率トップという事で、日本だけじゃなく世界的に注目されて
  きたのは、うれしい事ではあるんだけど、どうにも見ていて燃え上がらなかった。
  
  ところで、韓国のケーブルテレビの視聴率の事だけど、そちら方面には全然うといのだけれど、
  視聴率が3.235%? その数字でトップ?
  60チャンネルもあると、そんなもんなのかねえ?

  日本でも高視聴率を稼いだ。
  フジテレビ系列で試合当日放送された「K−1 WORLD GP 2004 決勝戦」では
  平均視聴率20.8%の記録を達成。
  最高視聴率は、決勝戦の延長1Rが放送された26.6%! 
  他局との並びでもトップの視聴率を獲得。 とは、言うものの・・・。

  しかし、肝心の決勝の武蔵とレミーボヤンスキーの戦いはなんだか消化不良。
  武蔵は、『そこを攻めてくれ!』 という盛り上がりの時になぜか、腰が引いてしまう戦い方。
  そんな戦いを見ていると、ボブ・サップの計算抜きの突進方ファイトが、見たくてしょうがない。
  大晦日のサップの戦いがとても楽しみ。

  でも、日本では武蔵しか、ヘビー級で期待できそうなのがいないのだから、もう少し見ていて
  応援したくなるようなファイトを見せてほしいものだ。
  
  話は変わるが、もう3ヶ月以上も前になるが、フリーペーパー”R25”に載っていた武蔵の
  インタビュー記事は、ものすごく良かった。武蔵の格闘技の歩みが実にわかりやすく書かれ
  ていた。
  
  武蔵は22歳のときにK1参戦を勧められる。デビュー戦で大物をKOで沈めた。
  翌年にはワールドグランプリに初参戦、3位に食い込む。

  武蔵その当時のジレンマを語る。
  「デビューの頃から身体が細くて、83kgしかなかった。もともとヘビー級の体格じゃなくて、
   身体もできていないままデビューさせられて、(中略)
   でも、いくら食べても体質的に太られへんかった。ウェイトトレーニングをやっても、なかなか
   筋肉がつかない。試合はどんどん組まれる。(中略)
   身体も作れていないのに、リングに上がらなあかん。勝てるわけないんですよ、それじゃ。
   すごく中途半端なわけですよ」

  25歳のときに正道会館の最高師範を務める角田信明が、何人かの日本人ファイターにこんな
  提案をしてきた。
  「”モンスターファクトリー”という名前で、日本人のなかから怪物にたいなヤツらを作ろうじゃ
   ないか」
  ケビン山崎氏のジムへ、佐竹・中迫・タケルと共に通う日々が始まる。
  「朝10時にジムに行って、帰るのは夜の8時くらい。その間ずーっとウエイトだけ。(中略)
   殴られたほうがまだ楽や、ほんまにやめたいと思いました」

  過酷なのはウェイトだけではなかった。1日7食にも及んだ食事。
  「これがもうハンパない。ケビンさんが言うんです。『食事は楽しむものじゃない、仕事として
   食べろ』って。 (中略) 」

  さて、ここまで読んでくれた方で、そのR25の武蔵・ロングインタビューに興味を持った方は、
  ぜひ全文を下記のリンクをたどって読んでほしい。
  この記事を読むと、武蔵に対する気持ちがチョイト変わってくる。

  参照: K−1選手 武蔵(R25 インタビューバックナンバー)
                                           2004年12月14日 
  
 
          < まだまだ続く・・・紳助どうなる? > 

  島田紳助が、吉本興業の女性社員(40)<沼野晴美>を殴って、ケガをさせた事件。
  しばらく動きが聞こえず、もう当分ニュースにならないかな?と思っていたら、また新たな動きが。
  (♪ 本当に、その女性は沼野晴美という名前なのか? という疑問は置いといて、ネットでは
     この名で通っているのでこのままいきます。)
    
  大阪区検は9日、傷害罪で島田紳助を略式起訴した。
  大阪簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出し、紳助は罰金を納付。
  「今後ともご本人に誠実に対応していきたいと思います」と文書をマスコミにだした。
  吉本興業も今後の紳助の芸能活動について
  「本人からの申し出もあり、(しばらくの間)自粛を続ける」と、発表した。

  しかし、沼野晴美の怒りは、まだまだおさまらない。
  正式な謝罪などを求め民事裁判に踏み切る意向を示した。
  雪田樹理弁護士を通じてコメント。
  「ようやく正しい暴行の内容が認められた」
  「ここから私の名誉回復が始まると思う」
  「真実は最終的に勝つ」
  「彼は会見で『辞めろといわれれば、芸能界を辞める』と言いました。
  本当に悪かったと反省をしているならば辞めてください。
  
  う〜ん! 強いよ、この女性は。あまりに強気なので、逆に本当に急性ストレス障害?
  などと、疑問を感じるほど。
  キャラクター的にも、どこか掴みきれない。

  そもそも、今回の暴行事件の理由は?
  原点に返ってみると・・・紳助の言う暴行の理由として、
  「彼女に話しかけられ、無礼な態度で誰だと思っていたら『吉本に4〜5年前からいる』と聞いて
  カッとなってしまいました。僕が昔からお世話になっている取締役の人たちを呼び捨てにした
  ので、会社に入って5年目の人間が、何で呼び捨てにすんのやと・・・・・・」

  ところで、そのお世話になっている人とは、誰を指しているのか。
  具体的に、紳助は女性が会話の中で「木村の名前を呼び捨てにした。」と主張している。
  木村とは、木村政雄氏。フリープロデューサー。
  1969年に吉本興業に入り、やすし・きよしのマネージャーを経て、80年に漫才ブーム
  の火付け役となる。97年に常務。2002年に退職。現在、「有名塾」の塾長をしている。

  沼野晴美は、漫才ブームの80年ころ、熱心なファンのひとりとして吉本の東京事務所に出入り
  していた。そこは木村の職場。沼野は木村だけではなく、仕事で上京した紳助とも顔をあわせて
  いたようだ。
  
  「ユニークな子でね。みんながザ・ぼんちのファンクラブをつくっている横で、若い女性にはあまり
  人気のない別のコンビのファンクラブをせっせとやっていました。」
  と、木村は沼野について語る。
  
  木村は政策部次長だった89年、島田紳助を硬派テレビ番組「サンデープロジェクト」の司会に
  売り込んだ。桂文珍の指名をひっくり返して。
  「紳助も30歳すぎて、大人のタレントにせないかん時期でした。ここで知識人や政治家、財界人
  を相手にすれば怖いものなくなるでしょ。」
  という考えで、初回前日、「自信がない」と自宅に引きこもった紳助をなだめ励まし、木村がスタジオ
  に送り出したという。

  このエピソードからも、いかに紳助にとって木村が大事な恩人だったかがわかる。
  女性にしてみれば古い付き合いのつもりだったかもしれない。しかし、木村に恩義を感じる紳助
  にはそれが許せなかったのだ。

  やっと、紳助が言う「言葉づかい、どうのこうの」の不明な点が少し晴れた。
  そういう意味で、「逆風満帆」という題で書いてある木村政雄氏の事を書いた、高谷秀雄氏の文章
  は、とても参考になった。
  
  ところで、理由はわかろうが暴力は暴力。
  また紳助の擁護に回ってしまいそうなので、冷静に判断しなくては。

  ここで文化放送「泉谷しげるのミュージックバトル!」での泉谷の発言から。
  「昔、横山やっさんの楽屋で付き人が殴られているのを見た。こういうのは東京ではないから
  びっくりした。大阪の芸人はマネージャーや付き人は奴隷のように扱ってたんじゃない?
  紳助も昔の大阪文化のつもりで殴ったんじゃない?だけど相手が悪かった。
  ちゃんと主張する人だったから、こうなってしまった。
  こういう大阪文化はよくない。
  これから大阪芸人は、ちゃんとマネージャーや付き人を人として扱うようにしなきゃね。
  殴った紳助が当然、悪い」

  参照:島田紳助 略式起訴も復帰メド立たず
      「逆風満帆」 フリープロヂュサー 木村政雄(上)

                                          2004年12月11日
   
      

                                                >>過去の日記
 

 







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