Diary 4月22日 〜 月24日

     ( ポール牧 マンション9階から飛び降り自殺    郷ひろみ 資産家令嬢と4年半で 離婚
                                   ピンク・レディー 歌い踊り続ける青春 47歳
 )

                                          2005年5月4日

       < ポール牧 マンション9階から飛び降り自殺 >

  『マンションの9階から、ポール牧が飛び降り自殺!』
  というニュースを金曜日に、ネットで知った。
  その事を会社の同僚に言うと、「指パッチンの人だよね?」と聞いてきた。それは、オレも知って
  いたので、うなずくと今度は「確か以前セクハラ騒動があったよね?」と、言ってくる。

  「セクハラ?それって横山ノックと勘違いしていない?」
  「いや、ポール牧だと思う。」
  ポール牧にセクハラ騒動があった事は、記憶にないので検索で調べてみた。すぐ出てきた。
  知りたい事がすぐ出てくるから、ネットはありがたい。

  「壁に耳アリ障子にメアリー」という、面白いタイトルのサイトに出ていた短文。

  
ポール牧がセクハラ疑惑の会見で「僕のコカン、いやコケンにかかわる問題で・・・」と
  言っていました。「???」私は訳がわかりません。
  「もしや、私は思いこみをしていたのか?」私はすぐ国語辞典を開きました。

  コケン(沽券) (もと、土地などの売買証券の意)人前で保ちたい品位や体面。
  「―にかかわる」


  「僕のコカンにかかわる問題」、軽い笑いを取りたい時に、どこかに使えそうなフレーズだ。
  それで、いったいどんな事件だったのか?
  今度は2000年12月のTVマル秘ガイドというサイトから。

 
 ポール牧の「エロエロ・セクハラ」を銀座美女が告発!
  ポール師匠らしいトホホな話題。
  ホテルに呼び出したホステスさんをハダカにして触ったのは「ハンドパワー」による
  「ヒーリング」だって?マーシーの「ミニにタコ」以来の言い訳。トホホ。
  ホテルに呼び出されて、気が付いたらハダカになってて、ポール師匠に触られて10万もらって
  帰ってから「セクハラ」と騒ぐ38歳のホステスさん。トホホ。


  本当に力の抜けてくるセクハラ騒動だ。
  さて、セクハラの件はともかくとして、その自殺の状況はどうだったのか?

  22日の午後4時50分ごろ。
  「ドンッ」
  低く鈍い大きな音に、近くを通りかかったタクシー運転手が様子を見にいくと、白いジャケット
  に黒のズボン姿のポール牧が、真っ赤な血を流し倒れていた。タクシー運転手は110番した。
  牧さんは病院に運ばれたが、間もなく全身打撲で死亡した。

  902号室のベランダの手すりには、手のひらの跡が残っていた。ポール牧は1人暮らし。
  02年に16年連れ添った夫人と離婚。遺書はなかった。室内に争った形跡もなかった。
  前夜はマネージャーと都内で食事をした後、午後9時ごろにマンションに戻ったという。

  「最近、仕事が少ないと悩んでいる様子もあった」。マネージャーは警察の事情聴取にそう説明
  した。

  ポール牧は63歳。1941年、北海道出身。1958年に喜劇役者を目指して上京。
  故・榎本健一(エノケン)、はかま満緒(放送作家)のもとで経験を積んだ
  1968年、関武志と漫才コンビ「コント・ラッキーセブン」を結成し、人気となるが関の他界
  によって解散。その後は役者やタレントとして活躍。”指パッチン”の芸で人気を博した。

  1996年、仏門に入り、国内各地で講演会を開いていた。
  2000年、銀座のホステスに対するセクハラ疑惑が持ち上がり、講演の仕事が激減。
  2003年には、僧侶を廃業し、タレントとして再起を図っていた。

  2000年からは、茨城県鹿嶋市の親善大使を務めていたほか、最近では格闘技にも情熱を注ぎ、
  ロシアの無名選手を”プロモード”。
  格闘技イベント「HERO,S」に身長200センチのアラン・カラエフ選手をメジャー
  デビューさせていた。

  さて、彼の突然の自殺に関して、芸能界で交流のあった関係者も驚きを隠せない。

  放送作家で牧さんの育ての親でもある、はかま満緒さん(67)
  「本当にショックだよ。5日前に電話がかかって来て『先生、会いたいんですけど…』と言って
  いたけど、なんか心ここにあらず、という感じで心配していた矢先だった。いつものポールなら、
  『先生! 近々、是非お会いさせてください!』と弾んだ感じなんだ。ここ10年ほどに、兄と
  妹を相次いで亡くし、精神的な苦しみがだんだん積もってきたんだろう」

  30年以上も前から付き合いのあるガッツ石松(55)
  「あの人は行動力はあるんだけど、谷あり山ありの人生を乗り越えられないようなところが
  あった。オレだって選挙に落ちたり、何億円も借金作ったりして、(飛び降りようと)高い所に
  上がったこともあるよ。でも這い上がってきた。病気の人だって生きようとするのに…。
  彼にはやり直そうとする“手本”を示してほしかった。
  桜が散るがごとく散っちゃったけど、自殺だけは言語道断だよ」。

  先月29日にポールさんと電話で話したという友人の女優、浅香光代さん(74)
  「お金に困った様子でした」
  「いつもの明るい口調のポールさんじゃなかった。寂しそうな口調で、『一緒に仕事がしたい』
  と言ってたんです」
  ポールさんは10分ほど一方的に話をして、浅香さんに「6月12日の浅草公会堂公演で、
  20分でいいから一緒に仕事がしたい。付き人でもいいから雇ってほしい」と懇願した。
  結局、浅香さんは、「高くつく付き人はいらないよ」と申し出を断ってしまったという。

  「夢のなかでポールさんから電話がかかってきて『もしもし』って声が聞こえた。起きたとき
  ポールさんと仕事の打ち合わせをしなくちゃと思いながらテレビをつけたら、自殺のニュース
  でしょ。ゾッとしちゃいましたよ」

  オレにとっても、ポール牧の自殺はショックだ。
  ポール牧は、ニコニコいつも楽しそうに指パッチンをしていた印象だっただけに・・・。
  そして、芸能人にかかわらず自分の知っている人の死は、自分に対しても問いかけてくるような
  気がする。
  「あなたの人生は何ですか?」「生きるに値してますか?」と。


  
参照:ポールさん自殺にガッツ「桜のように散っちゃった・・・」 ZAKZAK
      ポール牧さん飛び降り自殺  ディリースポーツ
      ポール・牧さん悲痛「雇ってくれ」と最後の電話… ZAKZAK
                                          2005年4月24日 6:55 



      
 < 郷ひろみ 資産家令嬢と4年半で 離婚 >

  
 郷ひろみが離婚していたことがわかった事を妻に伝えると、
   「やっぱり、私の思っていた通り」 と、顔を曇らせた。そして、
   「本当に軽薄な男よね。」と、言葉を加えた。妻は郷ひろみが嫌いだ。

   でも、息子が一番最初に興味を持って聞き出したのが郷ひろみの歌謡曲。
   そして、オレも郷ひろみのデビュー曲「男の子女の子」や「裸のビーナス」などがとても好きだ。
   自分の子供とは、年が30歳も離れながらも、共通の歌手の歌がすきだというのは、不思議な気がする
   ものだ。
   
   歌が好きだと、どうしても甘くなるというもの。郷ひろみがたとえ何回離婚しようが、オレにはあまり
   問題ではない。
   むしろ、ホームページで公表するところなど、離婚を隠していた森進一よりは、男らしい。

   郷の別れた奥さんは、アメリカ在住の資産家令嬢の名美さん。
   二人は99年に音楽関係者を通じて知り合った。00年11月にニューヨークで挙式。
   01年大みそかのNHK紅白歌合戦を最後に歌手活動を休止。02年初めから、ニューヨークに移住
   して生活を共にしていた。

   郷が本格的に芸能活動再開を考え始めた昨年から、精神的なすれ違いが生じていたという。
   ホームページに「2人での生活に終止符を打ち、お互いにそれぞれの道を歩んでいくことが今後の2人
   にとって最善の方法であるという結論に達しました」と、つづった。
   結婚生活は4年半で別れに至った。

   郷ひろみの離婚はこれで二度目。
   87年に二谷友里恵さんと結婚。98年に離婚。破局をつづったエッセー「ダディ」はベストセラーとなっ
   た。その「ダディ」はこんな文章で始まる。

  
 九十六年。
   ぼくたちの結婚生活は十年目に入っていた。
   その年の夏、友里恵とぼくの関係は、少しずつから、加速度的に、疎遠になりつつあった。
               ( 中略 )
   原因はすべてぼくにあった。
   女性問題だった。
   結婚しているぼくが、してはいけない行為を犯した。友里恵以外の数人の女性と、肉体的な関係を
   もったのだ。


   この本の出だしを読むと、ふと疑いたくもなってくる。別れの原因は精神的なすれ違いではなくて、
   実はまた郷ひろみの女性問題なのではないか?と・・・・
   そして郷には、今度は名美さんとの離婚をテーマーに本を書いてもらいたいものだ。
   
   ちょっといじわるな発想だけど、「ダディ 2」で、いける。これは世間から「またか・・・」と、
   あきれられると同時に、話題性もあると思う。
   ヒット曲と、再度のベストセラーで郷ひろみの活躍を願う。
   
   参照:郷ひろみ離婚、 資産家令嬢と価値観の違い (nikkansports.com)
                                   2005年4月23日 1:40     


        < ピンク・レディー 歌い踊り続ける青春 47歳 >


   今週は体調が悪い。花粉症に加え、風邪もひき、ついでに寝不足が続いている。体調悪さの
   トリプルパンチだ。
   会社帰りの電車の中では、死んだように眠っている。ときおり、吐きそうな気分にもなる。

   そんな、ボロボロな状態だけど、今週の始めに元気が出るテレビ番組を見た。
   月曜日の18日、日本テレビで放送したスーパーテレビ「密着ピンクレディー歌い踊り続ける47歳」
   ピンク・レディーと言えば、オレが高校生の頃に活躍した歌手。文化祭でも、何人もの男が笑いを取る
   目的で、ピンク・レディーの物まねをしたものだ。

   確かに、47歳で『アイドル時代の10代、20代に踊っていたそのままの状態』を保つのは、本当に
   すごい事だ。コンサートを観ている観客も、40代のおじさん、おばさんが多い。
   そのおじさん・おばさんの何人もが、ピンク・レディーの衣装を着て、いっしょに歌って踊っていた。

   はたから見たら、滑稽ではあるのだが、それを承知の上でピンク・レディーといっしょに踊っているの
   だろう。
   そして、踊っているときは、ピンク・レディーが絶頂期の時の、自分の青春に、タイムスリップしている
   のかもしれない。

   ピンク・レディーがデビューしたのは1976年(唱和51年)、来年で30周年。月日はあっとゆう間に
   流れたものだ。
   ミーもケィも、ステージの後はくたくた。ミーは氷で足を冷やし、ケイは全身マッサージ。
   華やかで元気なステージの裏での、こんな痛々しい場面も番組では映していた。

   ピンク・レディーは、過去を懐かしむだけのグループではなく、まだまだファンは現在進行形でいる
   ようだ。
   去年は、『ピンク・レディー振り付け完全マスター』というDVDが講談社から出た。
   
   コンサートにも、おじさんおばさんだけではなく、若い子もいた。
   うちの会社の20代の女子社員も、ピンク・レディーを知っていた。このグループの生命力の強さを
   感じてしまう。

   今週の体調の悪さを始めとして、最近何かと思うようにできない事は、年のせいにしがち。
   そんなときは、47歳で30年前と同じように、元気で感動的なステージを見せるピンク・レディーの事を
   想い出して、元気に頑張らなくては。
                                            2005年4月22日 0:40


                                                  >>過去の日記
      







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